「ん、う〜ん…!」

窓から差し込む朝の光が少女の部屋を明るく照らした。

「さすがに寝汗が酷いっすねー」

昨夜は猛暑だったせいか服に限らずベッドまで汗で染みが出来ている。
少女はだるそうにため息をつきながらシーツを洗濯機へ持っていくのだった。

「ちはやお姉ちゃん、おはよー」
「お、かごめ。お早うっす。今日も早いっすね」
「うん。道場のみんなの分のお弁当作らないといけないから…」

かごめはそういうとまな板へ意識を集中させる。
ちはやと呼ばれた少女はそれの邪魔にならないよう材料を冷蔵庫から取り出した。

「手伝うっすよ。今日は自分も暇っすから」
「ありがとう!ちはやお姉ちゃん」
「いやいや、たまにはこれくらい当然っすよ」

二人は仲良く笑い合った。
本当に仲が良い姉妹なんだと端から見ても分かるほどだった。


「くっそー…!!」

その斑鳩道場の門を前に、なかなか道場内に踏み込めない青年が居た。

「今日こそ、今日こそは斑鳩さんに教えてもらわねえと意味がねえ…!!」
「頑張れーわっさん」
「おう、当たり前だ!!!…ところで鳥谷、お前…縮んでねえか?」
「何言ってんの?縮んでるわけないじゃん」

そう。今は親友の身長云々より斑鳩さんだ!
鷲津は意を決して道場の門をくぐった。すると…

ドカッ!
「いてっ!」
「あう!…って、何だヘタレ不良じゃねーか」
「てめっ、ヘタレはやめろっつってんだろ」
「わっさーん、遅れちまうよ?」
「ぅおっと、そうだった。じゃあな妹…ってうおばっ!!」

斑鳩家次女、あやめの出した足がいい感じに鷲津にヒットし
そのまま漫画のようにすってんころりんとずっこけてしまった。

「痛ってェな…何しやがる!!」
「あのな、人にぶつかったんだから謝るぐらいしたらどうなんだよ!」
「あァ!?お前がそんな偉そうに言える立場か!?」
「…う、うるさい!さっさと謝れ!」

互いに一歩も引かない状況。まさに犬と猿の戦い。
その後いぶきの集合でなんとかその場をやり過ごした鷲津だったが…

「だァから!!何でお前が今日の相手なんだよ!!」
「し、仕方ないだろ!たまたまくじ引きだったんだし…」

二人組の組み手の相手にあやめが当たってしまった。なんたる偶然…

「ちくしょー…!鳥谷の奴ぁガキ達とまぎれてるし斑鳩さんの相手はってお前か侍ィィァァァァアア!!


「た、ただならぬ殺気を感じるでござる…!!」
「やだなぁ、気のせいよ。与一さん」



「あンの野郎…!」

<<バシィィ!!>>
あやめの剣が鷲津の後頭部にクリーンヒット。

「痛ェなさっきから!邪魔すんな!!」
「何が邪魔だ!練習しねーなら帰れよっ」
「ああ!?…あのなぁ、お前みたいなのと練習したって意味ねェんだよ!」
「!!」

『お前みたいなの』
鷲津がその言葉を放つと、あやめの表情から怒りが消えた。
そしてその瞬間、あやめの目から涙がこぼれそうになっていた。

「…あ…!」

自分の軽はずみで放った言葉の意味をようやく理解した鷲津だったが
…時既に遅し。

「…そうかよ…。あたしなんかと組んだって…意味無いよな。あたし弱いし、魅力だって…畜生っ!」
「お、おい!」

震えた手で剣をその場に捨てた。

「あやめ、何処行くの!?」
「うるさい!!」

いぶきの問いに答えることなくあやめは道場から走り去っていった。

「あやめ!…学校もあるのに…」
「くっそ…元はと言えばアイツが…!」

アイツが…あやめが何をした?
今朝ぶつかったのだって俺の不注意だったかもしれない。
謝らなかった俺の方が…悪い。
さっきのことだってくじで決まったことにグチグチ言って仕舞いにゃ"意味無い"だ…!?

どんだけ腐っちまってんだよ俺は!!!
「鷲津殿!?」
「斑鳩さん、俺行ってきます!」
「うん、お願い鷲津くん!私は道場のことがあるから…」
「いぶき殿、拙者も…!」
「与一さんも学校があるでしょう?…それに、鷲津くんが居るから大丈夫」
いや、肝心の鷲津殿も学生では…

与一の発言はいぶきまで届かなかったようだ。


「くそっ、何処行きやがった妹!」

何やってんだ俺…!中学のとき、勝手に最強名乗って、そんな自分に自惚れて…
けど今は何だ!結局俺は…強くも何もねえじゃねーか!!

「妹ァ!何処だぁ!?」
「…ぐすん」
「!?こっちかっ」

鷲津はすすり泣く声の方向へと走った。
…すると、大きな木の下で泣いているあやめを見つけた。

「こんなところに居たのか…」
「何しに来たんだよ不良っ、一人にしてよ」
「おい、帰るぞ」
「うるさい」
「あのなぁ、ンなこと言ったって斑鳩さんたちが心配して」
うるさいって言ってんだろぉ!!

言葉で語りかけても頑なに拒否するあやめに、鷲津は右手を差し出した。

「その、…わ、悪かったよ。さっきは言い過ぎた」
「…!」
「何驚いてんだよ。そんなに俺が謝るのが不思議か!?」
「…そんなことであたしが許すとでも思ってんのか?」
「別に思ってねェ。ただ…けじめを付けたかったんだよ。今までの俺に対してのけじめだ」

そう言いながらも鷲津は恥ずかしそうにしていた。

「悪ィかよ」
「…だっせー」
「うっせーな。とっとと立てよ。せっかく手ェ出してやってんだ」
「ホントバカだな、お前」

あやめの小さく細い手が鷲津の大きな手を掴み、そのままあやめは一気に起き上がった。

「遅刻したらお前のせいだからな、不良」
「何でだよ」
「さぁね、自分で考えなよ」
「本当に可愛くねーな、お前は」

いつの間にかヘタレ不良の”ヘタレ”がなくなっていることにも気づかない鷲津だったとさ。



+あとがき+
わっさんとあやめは絶対結婚したら上手いこと行くと思うんです。(知らんがな)