「まさかやよゐさんが犬と繋がるとは思わなかったー」
「人間やれば何でもできるものね」

喫茶・方舟の店内は窓から朝の陽射しが入り込み、いつものように夏の暑さを演出していた。

「ふー…」

だがそんな方舟の店内にも5分前に付けたクーラーの風がやっと行き届き
中に居る店員達は居心地の良さを感じる。

「こら、サボってんじゃねーぞお前ら。仕事しろ仕事」
「キンキンに冷えたコーヒーゼリー食いながら言っても説得力ないっつーの」
「マスターがそれだからみんな締まりがなくなるんですよ」
「うるへー」

方舟のバイト及びボランティアの一と潤が店長に注意をするが聞く様子もなく…
そのせいで店員のやる気も失われつつあった。

「クーラー効いてるけど窓の外見てると暑く感じちゃうね、一ちゃん」
「まったくですよあらしさん。おまけにマスターがこんなんだし」
「私は関係ないだろーが!それに客が来ないのは呼び込みしないからだよ」
「呼び込み?」
「そうだ。ちょうどいいから潤と男二人で外行って声張り上げて来い」

「えっ!!?」
マスターの発言に驚いたのは一ではなく潤の方だった。

「なっ、何で俺がコイツと!?」
「呼び込みなんだから声デカい男が行った方がいいんじゃねーか?」
「そんな、男は男でも俺は八坂と違ってデカい声なんか出せませんよ」

あくまで"男"という体で否定する潤だったがそんな言い分が可決するわけもなく…


「…暑い…」
「うっせーな!暑いモンは仕方ねえんだから黙って水撒けよ!」
「何で俺がこんな事を…」

クーラーがガンガン効き天国のような店内と
夏の日がさんさんと照りつける外の世界。どちらがいいかは一目瞭然だ。


「ふふ、一ちゃんと潤ちゃん楽しそうだね♪」
「あれが楽しそうって見えるなんて幸せな発想してるわね、あなたったら」

そんな二人を窓から眺める小夜子とカヤだった。


「バイトの一環だと思えば楽になるって」
「暑い〜〜〜〜〜!!」
「あーーもーーはしゃぐなっつーの!」
「八坂にだけは言われたくない!!ていうかはしゃいでないし!」

猛暑で判断力が鈍っているせいか言い合いになる二人。
ふいに一が持ってるバケツに水が入ってることを忘れて両手を上にあげてしまう。
当然重力の関係で中の水がこぼれる。潤の方へと。

「「げっ」」


バシャーーン!!


「か、上賀茂・・・?」
「………」
「み、水も滴るいい男って奴だな!ハハハハハ!ハ、ハ……」
八坂のばっかやろーーーーーーっ!!ボコッ!!
「ぐああ!!いってえええ!」

一の無茶苦茶な性格に耐えられなくなり顔面をグーで殴る潤。
恐らく潤の人生でこれほど強くグーで殴ることは未来永劫訪れないだろう。

「(やだ、透けちゃう…!?)」

一は潤の一撃で気を失ったためラッキースケベにはならなかった。

「シャワー浴びてきなさいな。」
「…はい」

何事かと駆けつけたカヤにバスタオルを差し出され方舟の奥へ向かう潤。
一方の一はあらしに布団まで引きずられていた。


シャアァァァ…
湯の流れる音だけが響き渡る小さな空間で潤は大きな悩みを抱えていた…

「はあ…」
「いつまでも隠し通せるわけないよなあ…」

そっと自分の胸に手を当てる。
そこにあったのは邪魔な膨らみ。
いらない。取り外してしまいたい。

「嫌だよ…になんかなりたくないよぉ…」

13歳という年齢は潤を"女の子"から"女性"へ変えようとしていた。

「八坂ぁ…」


その夜。

「第七十回!肝試し大会ぃ〜〜!!」
「イエーイ!最高だぜあらしさぁああああん!!」
「…なんですかこれ」

潤の憤りの原因である一はいつの間にかあらしとまた良からぬ事を考えていた。
この男の切り替えの早さはさすがの潤も尊敬する。

「で?こんな企画に参加する物好きな人なんて居るのか?」
「はいっ!!」
「や、やよゐさん…」

好奇心旺盛ですね。

「ルールは簡単!この山道を一周してくるだけ!でも一人だと危ないから二人一組でね♪」
「なるほどっ!最高だぜあらしさァん!!」
「お前語彙少ないよ」
「うるせー!」

ああ、何でだろうなあ。
さっきシャワーを浴びてるときよりも悩みが小さくなった気がする。
こいつが…八坂がいたから?嫌だ、そんなことない…!

…がも…、上賀茂!」
「ふぇっ!?」

気づけば八坂の顔が目の前にまで来ていた。
「やよゐさんはあらしさんと行っちまったし、お前は俺とコンビだ!まぁ男二人仲良くやろうぜっ!」
「え、ええええっ!?」

『な、何なのよもうっ!!』


「だいぶ歩いたなー」
「道じゃない道通ってるけど発案者なんだから帰り道ぐらい分かるよな?」
「上に登って行ってるんだし帰るときは下に降りれば大丈夫だろ」
「…な、な…!」

呆れた、を通り越して何も考えられなくなった潤はその場にへたり込んでしまった。

「お、おい上賀茂!どうした?腹でも下したか?」
「ぐすんっ…どうしてそうなの…どうして八坂はいつもそうなんだよ!」
「どうしてって…何が…」

「一ちゃん!?」
潤の大声を聞き取ったあらしとやよゐが二人のもとに駆けつけた。

「ああっ、あらしさん!やよゐさん!コイツがいきなり泣き出しちまって…」
「うるさいっ!!」
「!?」

泣いた所で何ら変わらない一の態度に苛立ちさえ覚えた。
でもその苛立ちさえ上回る何かが潤の中にあったのだ。

「八坂ぁ」
「ぉわっ!?首に抱きつくなよ気色悪りい!」

方舟で起こった事件や事故は全部コイツ(八坂)のせい。八坂はただの嫌なやつ。
今までもこれからもずっとそう。

だけど…
そんな八坂にいつの間にか惹かれてしまってた自分はもっと嫌なやつなんだろうなあ。


「…責任、取ってよね」
「…え?」
「お熱いねっ、お二人さん♪」
「こ、これが青春というものですかっ//」
「え、えええええっ!?」

潤の気持ちに後悔はなかった。ただ一人、一は何も理解できずにいたのだった。



+あとがき+
終盤駆け足しすぎたかな、と思います。ただ潤ちゃんは正統派ヒロインっぽくて書くのが楽しいですね。
原作のタッチだと黒髪チックなのでアニメとはまた違った可愛さがあって好きです。