「昔は一家に一つお風呂なんて夢のまた夢だったのにねー」
シャワーから上がってきたあらしはそんなことを呟いた。
「確かに、少し前カヤさんと過去に飛んだときに見た光景のままだすると夢みたいですね」
「でしょー?もう今の人って贅沢しすぎっ!おしゃれだってしたいのに…」
自分のスタイルを見ながらあらしはそんな愚痴を潤にこぼしていたが、
バスタオル一枚でそんなことを言われても…と潤は少しだけ思った。
同時刻、カウンターでは…
「これあそこのテーブルに持って行ってくれる?」
「あ、はいっ!よいしょ…っ」
「やよゐ、大丈夫?私も手伝って…」
「いいの!これぐらい自分でちゃんと運ばないと…」
と言いつつもおぼんを持つ手元が次第に震え始めているやよい。
「や、やっぱり」
「いいよ加奈子、手伝わなくたって。」
「そうだぜ!!言わばこれはやよゐさんの試練。これぐらいできずに一人前のウェイトレスにはなれないんだよ」
「マスターはいいけど一は黙ってなさい」
「きゃあああああ!!」
ガッシャーン… 案の定だった。
「やっ、やよゐぃいいいいい!!」
加奈子の悲鳴は休憩室に居るあらし達にも聞こえたという。
「…シャワー、浴びて来い」
コーヒーが服にぶちまけられ、塩を頭から被ったやよゐはもう見ていられなかった。
「うーん…どうしてこんなに失敗するんだろう…」
「せっかく外に出られるようになって、加奈子に恩返ししたいと思ってるのに」
シャワー室で一人漏らすやよゐだったが、そこに空気の読めない男がやってきた。
「おーい、やよゐさーん?」
「えっ!?は、一さんッ!?」
「バスタオル届けに来たんで、ここに置いときますねー」
「……あの、少しだけ外で待っててください。お話したいことがあるので…」
「えっ?あ、はい。いいっすけど…」
加奈子以外の人なら誰でもいい。自分の悩みを聞いて欲しかった。
若干戸惑う一の気持ちを隠そにやよゐはそんなことを考えていた。
「ふぅー…すみません一さん」
「いやいや全然いいっすよ!店もちょうど暇になったとこですし」
「それであの…悩みがあるんです」
「悩み?」
やよゐが加奈子以外の人に悩みを言うなんて何年ぶりなんだろうか。
でもここで話さないと自分は変われない、やよゐはそう思った。
「マスターにせっかくカウンターに立たせてもらってるのに失敗ばかりしちゃって…」
「ああ、ぶっちゃけ日常茶飯事みたいになってますね」
「……そ、それでどうしたらその癖が治るんでしょうか?」
「まぁいいじゃないですか!そういう部分もやよゐさんのいいところだと思うぜ!」
「真面目に答えてくださいっ!!」
一応真面目に答えている一だったが、やよゐにこういった話が通じる訳もなく…。
「んー…じゃあ好きな人とかいないんですか?」
「えっ?ど、どうして?」
「好きな人の一人や二人居たら自分の嫌なところなんて次第に治っていくんですよこれが。
俺はこの作戦であらしさんと今に至っているっ!」
『何にも進展してないんじゃ…』
危うく突っ込みそうになるやよゐだったが相談相手にさすがに失礼だろうと真面目な性格が吉になった。
”好きな人が居たら自分の嫌なところなんて治る”…
「好きな人なんて…」
「六十年前にそういう人は居なかったんですか?」
「うん、女子校だったから男の人の話なんてほとんど…」
「ふーん…じゃあ分かった!!」
一は何かをひらめいたような顔をし、やよゐを指差した。
「今から俺と町に繰り出しますか!!」
「ええええっ!?で、でもまだバイトの時間が」
「いいっていいって!たまにはこういうのも必要だっ!」
まさか一から誘いが来るなんて、予想外だった。
「やっぱり駄目だわ!そんなの、マスターを裏切ることになっちゃう」
「かー!だったらやよゐさん、このままでいいってのか?(詐欺師に何言ってんだかこの人は…)」
「それは駄目だと思うけど…」
「一つのことを成し遂げるには他の事を疎かにしてもいいんだよ!!」
「!!!」
一の言葉が、胸に響いた。
「そう、ですよね…一さんがそんなに考えてくれてるのに…っ!」
「いや、ちょっと違う気がするぞ」 ←マスター
「そうだっ!やよゐさん!行くんだやよゐさんっ!!さァ、ゲーセン行くぞぉお!」
一の勢いに飲まれた気がしないでもないやよいだったが、
「これも自分のためだ」と思い込み一とゲームセンターへと向かった。
そして次の日。
「ふええん、私の財布からお金が……」
「き、気にすんなって!得たものの大きさに比べたら失ったものなんてちっぽけなもん…」
「あらしさん!この人、六十年前に飛びたいそうですっ!!」
「うおぉおおっ!?ちょ、冗談じゃねーかぁあああ!!」
いつしかやよゐの瞳には光が戻っていた。
+あとがき+
やよゐにはいっつも加奈子が付き添ってるので外してみたらどうなるのか、
と妄想してみたらこうなりました。…ちょっと活発すぎかと思いました。まる。