アルヴィンは自分の持つ銃をじっと眺めていた。
魔物に限らずいろいろな物をこの銃で撃ち抜いてきた。
それは障害物や魔物だけではなく、時には人間をも……
「母さん」
意識が戻らない母を想い、自分の分身と化した銃をそっと撫ぜる。
年季は入っているが錆びひとつない。
「母さん。俺は」
「ア〜〜〜ルヴィン」
「うおっ!」
突然耳元で聞こえた声と両肩に置かれた手の衝撃にアルヴィンは年甲斐もなく驚いてしまった。
振り返るとそこには見慣れた少女の顔があり、その顔も年甲斐なくけたけたと笑っていた。
「あははは!傑作。そんなに驚くと思わなかったよー。ていうか油断しすぎ!」
「お嬢さんこそご自慢の棍も持たず不用心なことで」
その”お嬢さん”は、先ほどまで笑いで歪めていた顔をむっとしかめる。
どうやら自分が”お嬢さん”と呼ばれた事が気に入らなかったようだ。
「ちょっとー。そのお嬢さんってのやめてよ!あたしには”レイア”っていう立派な名前があるんですから!レーイーアー!」
「あーもう耳元で叫ぶのは勘弁して下さいよ、レイアお嬢さま」
「また言った!もーアルヴィン”君”ったら」
いつもの意地の悪いセリフに対抗するように語尾に”君”を付けるレイア。
今となっては挨拶のようなやりとりだが、少しずつアルヴィンの心をチクチクと刺していた。
「それでどうしたんだ?まだ休憩時間は終わってないだろ」
「ん?いや、別にー。ただ見かけたから」
「またジュード君に相手にされなかったのか」
「…ち、違うもーん」
明らかすぎる間。
アルヴィンは人のちょっとした部分を透かしてくる。
「あ。あー……あたしの事は良いの!それでアルヴィンは?」
「何がだよ?」
「だってほら、いくら休憩時間でもあんまりみんなと離れると危ないしよほど一人になりたかったのかなって」
『分かってるじゃねーか』
『だったら何で邪魔してくるんだよ』
「ん?黙り込んじゃった」
レイアはアルヴィンが一人になりたいこと、その理由をうっすら感じ取っていた。
アルヴィンはレイアが自分のことを察していることも全て分かっていた。
だから余計に接するのが辛い。
「あのさ、おたくって意外とS?」
「ちょっと、口を開いたと思ったらいきなりそれ!?」
「この流れでそっちがキレるのはそれこそおかしいだろ!」
物静かな空間で二人のやりとりだけが響いていた。
「…………ダメだやっぱり」
アルヴィンは一人うつむく。
「やっぱし一人にしてくんない?」
「えー、女の子を一人にするってそれ男としてどうなの?」
やっぱりだ。この女は全部分かってやってきやがる。
こっちがやり返せないことを知っててそれをする。
「……」
「…怒った?」
「怒ってねーよ。」
ひょっこり顔を覗かせてくる。やめろそれ。
「ごめんね」
「怒ってねーよ、だから」
「いや、今じゃなくてあの時」
「あの時?」
急にしおらしくなったレイアの表情と言葉。
アルヴィンが脳に浮かべた光景はレイアと同じ物だった。
「………謝んのは俺の方だろ」
足元に置いていた銃が横目に入るが、レイアから視線を動かすことはない。
「謝るって何?」
「今さらごまかすんじゃねえ」
「今さらなのはこっちのセリフだよ」
レイアはアルヴィンに笑いかける。
それは不思議なくらい自然な笑顔だった。
彼女はどうしてそれができるのか。
「あの時の傷なんてもうバッチリなんだから気にしない!事故だったし!」
「傷がなんだよ」
アルヴィンは憤っていた。
その静かな憤りを感じたレイアは言葉を止めた。
「傷さえなくなったらそれで終わりか?違うだろ、俺がやった罪は消えてない」
「だから事故だって」
「それがもし故意だったとしたら!?」
ジュードと揉み合いになったあの時、ジュードを狙って発射させた弾はレイアに命中した。
故意じゃない。そんなことアルヴィンはよく分かっていた。
故意であるとしたら、本当に謝るのはレイアの方かもしれない。
「仲間を守るのって難しいね」
レイアが突然切り出した。
「あたしね、ミラが消えたとき本当にダメだって思った。これが絶望なんだって。」
「エリーゼだって落ち込んであのローエンですらうつむいちゃって、ジュードなんて心ここにあらずで」
震える声。
レイアは続ける。
「あれだけ魔物を倒して強い敵と戦ってきたのにそれでも」
「そうじゃねえだろ!」
レイアの言葉を突然遮る。
「お前が今口にすんのはそんな事じゃねえよ。分かってんだろ!俺がどんな気持ちでその言葉を聴いてるか!」
「アルヴィン…」
「何で俺に当たらない!そもそもの発端は俺だろうが!」
『何でそんなに眩しく映るんだよ、お前は』
「何でそんなに眩しく映るんだよ、お前は………」
飲み込もうとした言葉がアルヴィンの口から漏れていく。
その言葉を聴いたレイアも、思わず口を紡ぐ。
「それはね、アルヴィンも仲間だからだよ」
「ジュードめがけて撃ったのはアルヴィン」
「でも、今まで一緒に戦ってきたのもアルヴィン」
「どっちもあたしの知ってる仲間のアルヴィン。これからもそれは変わらないよ。」
レイアはそう言うとまた自然な笑みをアルヴィンに向けた。
できる限りの笑顔だった。
「仲間だから守りたいの。…でもね、守ることって難しい」
「レイア…」
レイアは自分の力不足を嘆く。その嘆きはミラじゃなくアルヴィンに向けたもの。
「俺もいいか」
「うん、いいよ」
「俺が言えたことじゃないけどお前は守る守らないばっかりだぞ」
「あはは、ほんとだね」
お互いの本音は未だ口にしないまま。
それでもアルヴィンには今言えることがひとつだけあった。
「俺も出来る限り守るよ。」
アルヴィンがはにかみながら発した言葉にレイアは少し驚き、それから思わず笑い出すのだった。
あとがき
2018年一作目となります。執筆で言うと2年ぶりぐらいかなあ。
レイアとアルヴィンの微妙な関係性というかそういったものを少しでも表現できれば良いなと。