「なるほどくん!真宵さま!お花見に行きましょう!!


幼い少女の元気な声が事務所いっぱいに響いた。


「お花見かー…」


冬の厳しい寒さを越え、事務所の暖房器具もそろそろお役御免かなと思い始めた3月半ば。


「いいねー!はみちゃん!食べるよあたしは。なんてったってお花見だからね」
「いやいや、まだやるって決めてないぞ。それにお花見はその名の通り花を見ながら」
「どうせなら御剣検事やイトノコ刑事も呼ぼう!」
「やりましょうやりましょう!私楽しみです!」


聞いちゃいない。
今年に入って受けた依頼があまりに少ない中、「こんな事をしてていいのかな…」と物思いに耽る成歩堂を尻目に
副所長・綾里真宵綾里春美 はお花見計画を立てていくのだった。


「なるほどくん、御剣検事とイトノコ刑事に連絡した!?」
「え、だってまだ正確な日時も決まってないだろ。それに向こうの都合もあるだろうしなあ…」
「何言ってるの!思い立ったが吉日だよ!」


どこで覚えたんだよその言葉』というツッコミを成歩堂は何とかこらえた。


「いけませんなるほどくん!!!真宵さまの提案にそんな消極的では…」
「わわわわかったよ、連絡するから!」


このままじゃ埒が明かない。それどころか 誰かさんのムチのようにしなる右手から繰り出されるビンタ
自分の頬を狙ってる事を察した成歩堂は折れ、人数集めに繰り出すのだった。


「真宵さま、実は私お花見は初めてで…」
「あれ、そうだっけ?お花見はね、好きな物をたらふく食べる行事なんだよ」
「そ、そ、そんな夢のような行事だったのですか!?でしたら私はカレーを…」
「ノンノンノン、甘いねーはみちゃん。お花見といえば……」


成歩堂がいそいそと連絡を取り合う中、少女2人によるお花見談義が繰り広げられるのだった。



《プルルルル…》
『もしもし、こちら御剣。』
「あ、もしもし。実は事務所で今からお花見に行くことになって…」
『お花見だと…。すまないが、今は審理を控えて…』
待ちなさい御剣怜侍!
『なっ、まだ電話の途中で』
『もしもし、成歩堂 龍一ね。お花見だなんて平和ボケしすぎじゃ』ビシッバシッ
《プチッ……ツー、ツー、ツー》


おかしいな。御剣に電話をかけたつもりだったけど途中やたらムチの音が聞こえたような…
まあ気のせいだろう。


《プルルルル…》
『もしもし、こちら糸鋸…』
「あ、イトノコ刑事ですか。実は今からお花見に…」
『イトノコセンパイ!パンダ!パンダがいるッス!!本物ッス!!…あっちにはライオンが…
『あっ、マコクン先に行っちゃダメッス!……』
「………………」
『………………』
「………………………あの」
『違うッス!その…そんなんじゃねッス!今日は行けないッス!すまねッス!!』
《プチッ……ツー、ツー、ツー》


なんというか…平和だな。 僕はいったい何をしてるんだろう。
さて、どうしようか…めぼしいところにはすっかりフラれてしまった。


「なるほどくん、どうだった?」
「それが…どうやらみんな忙しいみたいだ。」
「なるほどくん、人気がないのですね…」
「面目ない。」


幼い少女の一言が刺さる。


「えー、じゃあお花見できないの?」
「まあ3人で行っても…って感じだよなあ」
「嫌だよー!お花見したい!3人でも良いから行こうよー!」
「そうは言っても人数的にも日を改めた方が……」
ジロリ


幼い少女の眼光が刺さる。


「…わかったよ、もう少しあたってみるから」


携帯電話を再び手に取り、片っ端から連絡を入れていく成歩堂であった。
そして残った2人は真宵のレクチャーのもと、せっせと荷造りを始めていくのだった…



成歩堂法律事務所から少し歩いたところに大きな桜の木が並ぶ広場がある。
平日ということもありどうやら人は少ないようだ。


「やってきたねぇはみちゃん…宴だよ!」
「あの真宵さま、食べ物はどこにあるのでしょうか?」
「それを今から買いに行くんだよ!なるほどくん、留守番よろしくね!」
「え、ぼくも行くよ。2人だけじゃ危ないだろ。」
「何言ってるの!お花見といえば場所取りでしょ。ブルーシートも引いたことだしなるほどくんは待機だよッ!」


場所取りと言っても、自分たち以外に人なんてまばらにしか居ないわけだが…
何としてでもこの子はお花見気分を味わいたいらしい。成歩堂は従うことにした。


「じゃ、いってきまーす!」
「おるすばん、よろしくおねがいします!」


意気揚々と出かけていく2人を見送り、成歩堂はブルーシートにごろんと寝転がる。

ああ、いい天気だな。
そういえば最近は事件続きであまり羽を伸ばせてなかったな。
よく考えたら大変な事件ばかり扱ってきたもんだ………

………………………。


成歩堂はゆっくりと深い夢の中に沈んでいく………


バシバシバシバシィィィッ!!!


ぎゃああああああああッッッ!!
「こんなところで1人昼寝とは…良い身分ね、成歩堂 龍一ッ!」
「あ…か、狩魔 冥…」
「やはりここだったか。成歩堂に…華宮 霧緒」


何度も食らった覚えのあるムチの痛みで目が覚めた。
そこには赤いスーツがトレードマークの 御剣怜侍 と、ムチをしならせた 狩魔冥 がいた。
そして何故かぼくの隣で 華宮霧緒 が読書をしていた。


「わッ、霧緒さん!?!?」
「目覚めましたか、成歩堂さん。あまりに気持ちよく眠っていたもので…」
「そんな、起こしてくれればよかったのに…」
「人がやってきて隣で座り込んだことにも気づかないなんて、やはり成歩堂 龍一ね。」
「どういうことだよ、それ。」
あっ、ここだ!成歩堂さーん!!


自らを呼ぶ声に振り返るとそこには眼鏡をかけた短髪女性と、それに引っ張られる冴えない男。
須々木マコイトノコ刑事 の姿だった。


「あれ?イトノコ刑事。今日はデートだったんじゃ…」
「ちちち、違うッス!デートとかそんなんじゃないッス!!自分はその…」
「イトノコセンパイが急にお花見をしたいと言い出したので名スポットに案内したらたまたま成歩堂さん達が見えたッス!」


たぶん、二人きりの場に耐えられなくなったんだろうな。


「そ、そ、そ、そ、そんな目で見ないでほしいッス!自分は…自分は…」
「…そういえば。真宵くん達の姿が見えないようだが」
「真宵ちゃんと春美ちゃんなら買い出しに行ってくれてるよ。そろそろ戻ってくると思うけど」


自分がどれだけの間眠っていたかは分からないものの、少し遅い気がする。
時計を見ながら成歩堂は思った。


「女の子2人に気持ちを持たせるなんてダメッスよ!成歩堂さん!」
「え、でも2人が待ってろって…」
「それでもやはり殿方としてどうかと思いますよ。成歩堂さん。」
「え、え。」
「走りなさい!成歩堂 龍一ッ!このムチが物を言う前に…」ギリリリリ…
「わわわわ!わかったってば!」


つくづくこんな役回りだなぁと思いながらムチの恐怖から逃げるようにその場を後にする成歩堂だった。


「しかしこんな桜の名所があったッスねぇ…」
「ヒゲには似合わないわね。せいぜい安酒でも持って立っていなさい」
「イトノコセンパイ!もう片手には須々木の作った弁当を…」
「こ、これじゃ箸が持てねッス!!」


成歩堂が居なくなったことにより女性陣の矛先がイトノコ刑事へ移り、ホッと胸を撫で下ろす御剣だった。
そんな様子を霧緒が見ており、御剣に向けて少しずつ口を開いた。


「あの、御剣検事…さん」
「ム、なんだろうか。」
「私、貴方には本当に感謝をしてるんです。あの事件の時の貴方の剣幕…」 「………」


とある事件、霧緒は目撃者として証人台に立ち一時は殺人犯として告発された。
そんな彼女をある意味”助けた”のは御剣の非情な行動だった。


「勘違いしてもらっては困る。私が貴方を助けたわけではない。」
「それでいいんです。私、本当に感謝しているんですよ。貴方と、成歩堂さんと…狩魔検事にも」
「成歩堂と…狩魔 冥だと?」
「狩魔検事はあの事件から1年ほど経った後、私のもとへ来て謝罪をしてくれました。」
「しゃ、謝罪…??」
「ええ。申し訳無さそうな顔をしながらムチの使い方を教えてくれました!」


あの狩魔冥が謝罪…?と思ったが、そういうことか。
御剣は冥なりの”謝罪”に、思わず口元が緩んだ。


「あー!みんないる!かるま検事にマコちゃんに霧緒さんまで!!」
「やっと主役の登場ッスね!待ちくたびれたッス!」


元気な女の子の声に一同が振り向くと、真宵と春美が走るスピードをいっそう上げて向かってきていた。


「…いや、主役の到着にはもう少しかかるようだ。」


大きなビニール袋いっぱいの荷物を抱えた成歩堂を残して。


あとがき
2018年2作目。『逆転裁判』シリーズで初めての執筆となりました。
シリアスな事件が続く中で魅力的なキャラが多く、少しでもほのぼのした雰囲気が描ければいいなと思いました。